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Selfishly

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Jupiter

Jupiter


「 そうか・・・、では 3日後に」

そう話終わると、ロイは静かに受話器を戻した。



「大佐、今の電話は。」

横に控えていた副官のホークアイが、訊ねてくる。

「ああ、鋼達が 戻ってくるそうだ。」

「そうですか・・・、では 今回も・・・。」

はっきりとした話し方をする彼女らしくもなく、
語尾を濁して話を続けるのを止めた。

「・・・ああ、また 今回も空振りという事だな。」

ロイの口ぶりは特に変わった事もなく、
言った本人の気持ちは、その言葉からは何も感じられない。
が、長年付き合っているホークアイには
ロイが 沈んでいる事が ちゃんとわかっている。
この上司が、心の中で大切に想っている相手の動向を
常に気にかけている事をホークアイは 良く知っていたから。

意外な点で不器用さを見せる上司は、自分の心配を相手に
上手く伝えられずにいて、皮肉やからかいで
逆に相手の怒りと誤解をかう事になっているのには
あきれるのを通り越して、少し憐れにもなるのだが。
が、下手な同情など 頑として受け付けないであろう相手の事を考えれば
大佐の言動も、そうするしかない事も察して余りある。

「そうですか。
 今回は かなり有力な情報だと喜んでいたから、
 エドワード君たちも、ガックリきたでしょうね。」

思いを素直に言葉にできない上司の為に、
ホークアイが 思った事を言葉にしてやる。

「そうだな・・・。
 が、彼らなら 大丈夫だ。」

ロイは、強い光を放つエドワードの瞳を思い浮かべ、
自分に言い聞かせるように、返事を返す。

「そうですね。」

ホークアイも、そんな上司の心情を察して同意を示してやる。



エドワードが 司令部を訪れたのは 夜も遅くになっての事だった。
比較的穏やかな日だった事もあり、司令部内は閑散としていた。
当直にあたっている者も夕食にでも出ているのか、
姿が見えなかった。

司令室を覗き込んだエドワードは、
知らずのうちに、自分が気を張っていた事を、
小さなため息を吐く事で気がついた。

「馬鹿だな、いつもの事じゃんか・・・。」

空振りで終わったのは、何も今回だけじゃない。
それこそ、嫌と言う程の回数を味わって、
いつも 戻る事になっていたはずだ。

が、今回は 真実に近い実証まであった情報だったから、
『今度こそ』と言う願いが大きくなっていた事は否めない。

願いが大きければ大きいほど、それを裏切られた時の反動が
大きくなるのは仕方ない事だ。
昼にはついていたのに、何やかんやとアルフォンスに言い訳をして
司令部に来るのを引き伸ばしていたのも、
この部屋を見て、また 今回も駄目だったと痛感しなくては
ならない嫌さと、慰めに近い優しさで明るく迎えてくれる皆の顔を
見たくなかったからかもしれない。

エドワードは、今度は 少し大きめのため息をつくと
止まっていた足を動かし、司令室に向かう。

この様子だと、あのさぼり癖のある上司が残っている事はないだろうから
机の上にでも報告書を置いて帰れば済むだろう。

ノックもせずに、ノブに手を伸ばして回そうとした瞬間、

「ノックはしてから、扉を開ける様にと
 何度、言ったらわかるのかね。」

後ろからかけられた声に、エドワードは心底驚いて声を上げる。

「わぁー!!」

飛び上がるようにして振り向いた先には、
久しぶりに見る この部屋の主が立っていた。


「な、な、なんだよ!
 
 驚かすなよ、居るなら居るって声をかけろ。」

驚いた事を隠すように、口早に文句を並べ立てるが
動揺で声が掠れているようでは、効果は期待できないだろう。


「それは申し訳ない事をしたね。

 机が邪魔をしていたようで、気づくのが遅れたようだ。」

エドワードの強勢など、歯牙にもかけない態度で
いつもと変らぬ対応で答えてくる。

「なっ!

 それは何か?
 俺が 机に踏み潰されても気づけないほどのチビだと
 言いたいのか!」

先ほどまで沈んでいたはずが、今度は 沸点に近い所まで
いきなりテンションのボルテージを上げるエドワードを見て、
ロイは 器用な事だと、妙に感心をして相手を見つめる。

「な、何だよ。
 何か言いたいことがあるってなら、聞いてやるぜ。」

相手の妙な対応に、すかさずエドワードが反応を返す。

「いや・・・。

 で、鋼の。 その手に持っているのは報告書か。」

ロイはエドワードの挑発をさらりと流して
エドワードが持つ封筒に目を移す。

「へっ?
 あ、ああ そうだよ。」

驚いた時に、やや握りつぶしてしまった封筒を
バツが悪そうに、皺を伸ばそうと両手で引っ張る。

そんな姿が、妙に子供らしくて ロイは自分でも気づかぬうちに
微笑を浮かべてしまっていたようで、

「・・・なんだよ。
 なんか俺が、可笑しい事でもしたって言うのかよ。」

拗ねたような相手の反応が、さらに ロイの笑みを深くする。

ロイは ポンっとエドワードの頭に手の平を乗せると
相手が驚いている間に、手に持つ書類を抜き取る。

「報告書は預かった。

 が、私は すでに勤務外でね。
 報告書の確認は 後日になるが?」

普段された事のない相手の行動に
呆然としていたエドワードが、ロイの言葉ではっとなる。

「えっー!
 じゃあ、また 来なくちゃいけないじゃねえかよ。

 いいじゃん、ちらっと見てサインくれれば。」

ロイの思ったとおり、不満を表すエドワードに
ロイは、考え込むような仕草を見せる。

「まあ、君が どうしてもと言うなら、
 私としても、考えてみない事もないが・・・。」

そこまで言うと、ロイはチラリとエドワードを見る。

エドワードは、うっと返答に困るが
渋々頭を下げながら、「オネガイシマス。」と
全く、心には思っていないことがありありの返答を返す。

頭を下げているエドワードに見られないように
ロイは 小さくクスリと笑う。

「わかった、他ならない君の頼みだからね。
 報告書の確認をしよう。」

そのロイの返答に、エドワードは下げていた頭をサッと上げて
やったー!と満面の笑顔を見せる。
こんな時にしか笑顔を見せない つれない想い人に
ロイは 内心苦笑を浮かべながら

「では、時間も時間だから
 場所を変えようか。」

とそう言って、さっさと司令部を出て行くロイに
エドワードが慌てて付いてくる。

「えっ、ちょっと どこ行くんだよ。

 司令室に入れば済むじゃんか。」

足の長さが歩幅の違いか、エドワードが足早に歩いて
ロイに言葉をかける。

「そうは言ってもね、君。

 私は、先ほど言ったとうり すでに勤務は終わっている。

 勤務外に君の頼みを聞こうと言うんだから、
 場所くらいは、私が決めても構わないだろう。」

自分の数歩先を歩く男からの言葉に
エドワードも 不承不承付いていくしかない。


どこに行くのかと思っている内に、
司令部の敷地を出て、街に進んで行く。

すでにあきらめたのか、大人しく横に並んで歩く小さな姿を盗み見る。

さっきは、エドワードが司令部の門を通るのが見えて、
ロイは司令部に戻るべく、廊下を戻っていた。
エドワードが先に司令室に着いたようで、
ちょうど角を曲がった所で、司令部の扉の前で躊躇う彼の姿が目に入った。

緊張した面持ちで司令部の扉に手をかけた彼が
誰もいない中を見て、安堵のため息を吐いて肩から力を抜いている。
ロイは エドワードの心情が手にとるようにわかって、
自分の事のように胸に痛みを感じる。

静かに廊下を歩いて扉まで来ると、
中では エドワードが閑散としている部屋を見回し
悄然と項垂れている。

ポツリと漏らした声が、ロイの心に響いてくる。
彼が いつも、どんな思いで この部屋を訪れてくるのか。
どれだけの回数を、彼は歯を食いしばるようにして
彼は 胸の内を明かさずに、たった独りで乗り越えてきたのだろう。

ロイは 今は普段以上に小さく頼りなく見えるその姿を
抱きしめてやりたい衝動で、伸ばそうとしていた両手を見る。
そして、じっと その自分の手を見て ぎゅっと拳を握り締めると
手をだらんと横に戻す。
傷ついた彼を抱きしめ、甘やかす事は難しい事ではない。
彼も 本当は 心の中で、そんな風にされたい自分がいる事を知っているはずだ。

だからこそ、エドワードは 同情にも優しさにも大きな反発を示す。
自分の中に潜む弱さを恐れているのは、
誰よりも彼なのだろう。

そんな彼が望む事は、下手な同情でも憐れみでも、
そして、優しさでさえない。
叩かれれば叩かれるだけ堅くなる鋼のように
彼は、自分に厳しく それを律している。

そんな彼が、ロイには痛ましく、愛とおしくなる。
不器用な子供・・・ロイがエドワードを考えるときには
いつも、その言葉を思い浮かべる。

小さな身体に無数の傷を作り、
それを誰にも見せずに、彼は 常に前に進んでいく。
人には得れない過酷な経験は、彼を子供である事を許さない。
なのに彼は、子供が持つ特性の純粋さで全てを飲み込んでいく。
そんな相反する強さが、彼が彼である由縁なのだろう。

1つ1つの経験が、彼を更に大きく強くしていく。
この小さな子供は、いったい どこまで上り詰めて行くのだろうか・・・。
 
ロイが そんな事をぼんやりと考えていると、
横から聞こえてくる、苛立った声で我にかえる。

「なぁ!
 なぁってば、 アンタいったいどこまで行くんだよ!」

『どこに・・・?
 それは 君の方だろう?

 君は どこまで上って行く気だい。
 全てを捨て、私たちを置いて・・・、

 私のこの想いにも気づかずに。』

あまりにも考えに浸っていたせいか、
エドワードの問いかけに、ロイは考えていた事の続きを
心で問いかける。

ぼんやりと自分を見て、妙な表情をしている大佐に
エドワードは、変な気後れを感じる。

「・・・どうしたんだよ?
 そんなに疲れてたのか?

 なら、悪かったよ。 報告書急がせて・・・。」

珍しく躊躇うように詫びてくるエドワードを見て
ロイは、やっと現実を思い出す。

「あ、いや 違うんだ。

 すまない、少々 違う事を考えててね。

 ほら、行くところは そこだ。」

いつのまにか、お目当ての場所のすぐ傍まで来ていたようだ。
エドワードが 声をかけなければ、危うく通りすぎてしまう所だった。

「ここ?」

エドワードは 止まった塀の中を見る。
静かな住宅街の1軒の家のように見える。
上品で、落ち着いた雰囲気を醸し出しているが
玄関までの小道に小さな花々を飾り、来る人を迎える温かさが感じられる。

「そうだよ。
 ここは、私の ご贔屓の店でね。
 家庭的な料理が自慢の店だ。」

そう言って、さっさと門をくぐる大佐を
遅れないように追いかける。

落ち着いて扉をノックすると、中からすぐに返事が聞こえる。

「お帰りなさい。」

優しそうな上品な老婦人が、レストランとは無縁の挨拶を返してくる。

「こんちには、少し遅いのですが、
 食事は まだ いけますか?」

親しそうに挨拶を返す大佐を、エドワードは不思議そうな表情で見ている。

「ええ、もちろん大丈夫よ。

 まぁ、今日は 可愛いお連れさんが一緒ね。」

エドワードにも同様の挨拶をくれる婦人に、
エドワードも 戸惑いながら挨拶を返す。

「た、ただいま。」

中に入ると、テーブルは多いが 普通の家庭の部屋のようにみえる。

それぞれの部屋の扉から、中に 数脚づつのテーブルが並んでいて
そこに座る人たちも、寛いだ感じで食事を取っている。
どの部屋も、雰囲気は違うが ごく普通の家庭のリビングのように見える。


ロイが 婦人に数言つぶやくと、婦人は頷いて奥の部屋に案内をする。
楽しそうに食事をする風景を眺めながら進むと、
1番置くにある扉を婦人が開く。

「ようこそ。
 今日も ゆっくりとしていってくださいね。」

婦人は、そう言葉をかけると 静かに扉を閉めて去っていった。


その部屋は、エドワード達が見てきた部屋よりも一回り小さく
部屋にはテーブルも小さめなのが1つしかなかった。
4人も座れば一杯になりそうなテーブルに腰をかけ
エドワードは 不思議そうに周囲を見回す。

大き目の窓の外には、この時期に咲き誇る花々が広がっている。
計算されたように整然と植えられたのではないだろう花たちは
各々 勝手に咲き誇り、無用に手を加えられていない所が
自然の良さを出している。

飾り棚やチェスとには、所狭しと家族の写真が並んでいるが
どうも、1家族の分だけでなく 色々な家族の写真が混じっているようだ。
もしかしたら、ここに訪れている家族の写真を集めたものかも知れない。

「なんか、変った店だな。」

雰囲気に飲まれたように押し黙っていたエドワードが
ポツリと言葉を呟いた。

「そうだね。
 ここはレストランと言うよりは、家族の家のような雰囲気を
 味わう為の場所に近いかも知れないね。」

「家族・・・。」

エドワードは、この上司には似合わない言葉を聞いて
目を見開いて相手を見つめる。

エドワードの躊躇いがわかって、ロイは優しく微笑む。

「変かな? 私が 家族の雰囲気を味わいたいと思う事があるのが。」

嫌味でなく、優しく問い返された言葉に
エドワードは しどろもどろに答える。

「いやっ、その別に変じゃないけど・・・。

 でも、いつも司令部で見てるアンタからは
 ちょっと、想像ができなかったから・・・つい。」

「ははは、いくら私でも 司令部に住んでるわけではないから、
 あそこで家庭的な気分を味わうわけにはいかないさ。」

軽く笑い飛ばしてくれたロイのおかげで、
エドワードも 自分の失言にホッと気を抜いた。

丁度そこに、先程の婦人が現れ
食事を並べてくれる。
高級なレストランのように、順番に出てくるのではなく
一斉に 美味しそうな料理が、机の上に並んでいく。
エドワードが、並べていかれる料理に目を輝かせて待っているのが
伝わったのだろう、婦人が 嬉しそうに「さあ、召し上がれ」と
声をかけてくれる。

「いっただきまーす!」

この時ばかりは、歳相応の子供らしい態度で
並べられた料理を次次と食べ始める。

特に変わった素材を使っているものではないが、
料理の味は どこか懐かしい感じがするもので
エドワードは 美味しいを連発させながら
次次と皿を空にしていく。

ロイは、嬉しそうに食事をしているエドワードを見ながら
自分も 負けじと料理を平らげる。
無くなる頃に見計らったように次の料理が出され、
次次と旺盛な食欲を見せる二人に
婦人は 驚きながらも嬉しそうに料理を運んでくる。


「はぁ~!
 もう喰えない。
 上手かったー。」

満足そうに腹をさするエドワードに 
ロイも婦人も嬉しそうに微笑んでいる。

「ロイ、食後のお茶は ベランダに運びましょうか?」

そう聞いてくれる婦人に、ロイは頷いてお願いをする。

「鋼の。
 デザートは あちらのベランダで貰うとしよう。」

カラリと扉を開いて出ると、そこには 咲き誇る花たちの香りで
匂い立っている。

花の香りは、籠もらない程度に風が流れ散らして行くので
ほのかに伝わる香りを楽しめる。

「すっごいいい匂いだよな。

 んでもって、何か知ってる気もする。」

すっかり寛いだようにエドワードが ロウチェアーに腰をかけながら
香りを楽しんでいる。

「ここに咲いている花は、全てハーブだから
 鋼のが 知っている花もあるはずだよ。」

「そっか・・・、昔 母さんが作っていた料理も
 ハーブを使っていたのが多かったから。

 ・・・それで、なんか懐かしい味がしてると思ったんだ。」

「そうか・・・。

 君のお母さんも、料理が上手だったんだろうね。」

日頃、滅多な事では 母親の話をしないエドワードが言い出した話を
ロイは、静かに聞いてやる。

「うん、俺らの母さんって 
 自分らで言うのもなんだけど、
 すっごく料理が上手かったぜ。

 ごく普通の材料で、どうしたら こんなに美味しくなるのかって
 よくアルと話してたんだ。」

「そうか。」

「食卓では いつもお替りを どちらが先に言うかで競争しててさ、
 その度に 母さんが、嬉しそうに笑って入れてくれるから
 いっつも食べすぎちゃんだよなー。」

「君の その栄養が 一体 どこに行くかも謎だね。」

可笑しそうにチャチャをいれてくる大佐の言葉にも
エドワードは さして怒る事もなく返事を返す。

「ほっとけ。
 いいの、これから未来の為に溜めてんだから。」

エドワードは、夫人が持ってきてくれたジャスミンティに口をつける。

「これも、母さんが 良く淹れてくれた。

 これを飲むと不思議と落ち着いてさ、
 アルとケンカしてる時でも、二人で飲み終わると
 いつもと同じに戻れるんだ。」

「なら、また 一緒に飲めるように頑張らないとな。」

エドワードが画く夢を壊さぬようにロイが言葉を返してやる。
エドワードが、元気に返事を返すと思っていたのだが、
黙りこくったまま じっと手の中にあるカップを凝視している。

「鋼の?」

ロイは、エドワード妙な様子に気づき
言葉を促すように呼びかけてやる。

「俺・・・本当に 出来るのかな?」

ポツリと小さく吐き出された彼の不安。
ロイは 内心の安堵を隠しながら
エドワードが話しだすまで、辛抱強く待った。

しばらくすると、ポツリポツリと語りだす。

「だって、今回だって駄目だったんだぜ。

 今度こそはって思って行ったのにさ・・・。

 全然、俺らが願ってたのとは違っててさ。



 今回だけじゃない。
 いつもそうだ。


 次こそはって、いつも出かけるのに
 いつも、全然。

 ちっとも、近づいてない。
 それどころか、遠くなってんじゃないかって思う時もある。

 こんなに探してるのに。

 本当は、無いんじゃないかって思う時もあるし・・・、
 俺には 無理なんじゃないかって・・・・。

 俺が、そんな事じゃ駄目なのわかってるけど
 でも、でも・・・。」

エドワードが泣いている、ロイは そう感じた。
その瞳からは 1滴の涙も 零れてはいないが、
彼は、もう零す涙さえ枯れ果てるほど
何度も泣いてきたのだろう。

見つからない手懸り、雲を掴むような伝説を
焦燥に駆られながらも、自分を奮い立たせて挑んでいく。
何度も夢を思い出しながら、
挫けそうな自分を叱咤しながら。

「鋼の。
 君は 必ずやり遂げるさ。」

ロイが そう言葉をかけてやると
エドワードは キッと睨みかえす様な瞳でロイをみる。

「なんで そんな事、アンタにわかるんだよ!

 アンタが出来たわけでもないだろう!
 それなのに、なんで俺が出来るとか簡単に言うんだ!

 出来てない! 出来てないんだ!
 俺は アイツを、アルを 戻してやれてない!」

激昂して吐き出された言葉に、
エドワード自身が1番傷ついている。

常に寄り添う自分の不甲斐なさの証。
自分の力量の足らなさを示す証明。
そして・・・自分の罪の証し。
エドワードは、常に その極限で生き続けている。
自分の未熟さを目にしながら、可能性を探して進み続ける。
それは、試練と言うには 過酷過ぎる道だろう。
延々と続くあても無き道は、夢を見続けるには厳しすぎ
自分の誇りも自尊心も、存在価値さえも見失いそうになる。

ロイは やっと掴まえた彼の中に隠されている真実の彼自身を逃がさぬように
伸ばした手で、その手の平を掴む。

「なら、もう止めるかい?」

掴まれた手の平に驚き、
その後のロイの言葉に、さらに 驚く。

「止・・・め・・る?」

呆然と呟かれた言葉に、ロイは頷く。

「そうだよ。
 はなっから雲を掴むような旅だったんだ。

 出来なかったとしても、誰も君を責めはしない。
 君の弟も、わかってくれるはずだ。

 君があきらめたとしても、構わないはずだ。」

言われた言葉が、理解できなかったのか
エドワードは ロイの顔を凝視しながら
唇を動かして言葉を繰返す。

「あき・・・らめ・・る?
 出来なくても・・・?」

ゆっくりとロイの言葉がエドワードの頭に浸透してくる。
そして、浸透していく度合いに反比例するように
エドワードのおぼろげだった瞳に、強い光が増していく。

「・・・あきらめない。

 俺らは、必ず やり遂げる・・・。

 絶対に、何があっても 戻してみせる!」

瞳の光は、今や 見つめ続けるのが眩しい位の力を放って
ロイをひたと見据えている。

ロイは、僅かに口の端に笑みを浮かべて そうかと返事を返す。



レストランを出て、二人は何を話すでもなく帰り道を歩く。

エドワードは、横に立つ 変な上司を盗み見る。

『変な奴だ。
 わざと俺を怒らすような事言って、
 俺を煽ったりして。』

でも、おかげで 気分はすっきりとした。
この街に戻る前は、あんなにも暗澹としていた気持ちが
今は 嘘のように晴れている。
それもこれも、この変な上司が問いかけて、
自分を思いださせてくれたからだ。

エドワードは 少しだけ、感謝の気持ちが込み上げてくるのを
素直に認めた。

『サンキュー』

そう思いながら見上げると、相手も その視線に気づいたのか
何か?と目線で問いかけてくる。

「い~や。
 変な上司だなーと思ってさ。」

エドワードの失礼な言葉にも、ロイは気にした風もなく笑う。

「変とは酷い言い草だ。
 自分では、ごく まっとうだと思っているのだがね。」

「い~や、アンタは変な奴だよ。

 なんで、俺らみたいな厄介者を好んで抱えてるかねー。」

「さぁ? きっと そういう性分なんだろう。」

さらりと返された言葉が、彼が大人であることを
エドワードに痛感させる。

誇張するでなく、誇示するでもなく、
自然と自分を示せる。
それは、彼が 本当の意味で大人だからだ。
今のエドワードでは、とても真似できる事ではない。

「全く・・・あんたには負けるよ。」

悔しそうに言われた言葉に、ロイが不思議そうに返す。

「何がだい?」

「だってさ、俺みたいな曰くつきの不遜な子供を
 よくも愛想尽かさず付き合ってるもんだぜ。

 俺なら、嫌で放り出しちまうぜ。」

苦笑を浮かべながら言われた言葉に、
ロイが 声を出して笑う。

「おや、君も 自分の態度が不遜な事は自覚しているようだね。

 それに、私だけじゃない
 中尉も、他の者も 皆、君たちの事を気にかけているよ。」

エドワードは歩いていた足を止めて、ロイを見上げる。

「だから・・・さ、それが余計に不思議なんだよ。

 だって、俺らって・・・別に 皆に何か出来るわけでも
 してるわけでもないしさ。

 勝手気ままに行動しては、そのぉ・・・結構 迷惑もかけてるし。」

自分の行動を省みて恥ずかしくなっているのか
モゴモゴと言いにくそうに話すエドワードの言いたい事を理解して
ロイは あぁと頷いた。

ちょうど見えていた公園にあるベンチに、手を引いてエドワードを座らせると
ロイは、その前に膝をついて目線を合わす。

「鋼の。
 全てが錬金術の世界のように等価交換ではないものさ。
 
 形がある物しか、人に与えられないものではないし、
 与えられたからと、相手を思う事も出来ない。

 君の生き方が、君が気づいていなくても 多くの者に
 力を与えている事もある。
 
 君の真摯な姿は、きちんと皆にも伝わっている。
 だから、皆 君を応援せずにはいられないんだ。」

「大佐・・・。」

「そのままで。
 君は 己が望むありのままで進みなさい。
 皆、もちろん 私も、
 そんな君をきちんと見守っていく。」

エドワードは、握られたままの手をぎゅっと握り締める。
この手の平から伝えられる温かさは、
決して自分が独りではない事を伝えてくれる・・・そんな気がした。

握られた手を振り解き、エドワードが スクッと立ち上がる。

「鋼の。」

驚いて見上げるロイに、エドワードは いつものふてぶてしい笑み見せ
走り去っていく。

ロイが立ち上がり、やれやれと思っていると
揺らしていた金の尻尾を止めて、エドワードが振り返る。

「サンキュー!!
 これからも、宜しくな!」

首まで紅くして、
言うだけ言って逃げるように走り去ろうとしたエドワードに
ロイは 大きな声で呼ぶ。

「鋼の!」

振り返る愛しい子に、ロイは 言葉を続ける。

「夢が叶わない時は、どんな時かわかるか?

 それは、あきらめた時だ。

 だから、決してあきらめない君は
 必ず、夢を手にする事が出来る。」

レストランでエドワードに返された答えを告げてやる。

エドワードは 驚いたように目を見開くと
夜に現れた太陽のような笑顔を浮かべる。

大きく手を振ると、後は振り返りもせずに走り去る姿を見続けながら
ロイは 聞こえないだろう言葉を呟く。

「また、泣きたくなった時には戻っておいで、
 私が受け止めてあげるから。」


金色の軌跡が小さくなり見えなくなっても、
ロイは ずっとエドワードの姿を見守り立ち尽くしていた。




 


















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